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大阪高等裁判所 昭和32年(ム)4号 判決 1957年12月24日

再審原告(上告人・控訴人・被告) 長尾忠吉

訴訟代理人 保津寛

再審被告(被上告人・被控訴人・原告) 藤原ウメ

訴訟代理人 毛利与一 外一名

主文

本件再審の訴はこれを却下する。

訴訟費用は再審原告の負担とする。

事実

再審原告代理人は、原判決を取消した上第二審判決をも取消し改めて相当の裁判ありたい旨申立て、再審被告代理人は主文と同旨の判決を求めた。

再審原告代理人が再審事由として主張するところの要領は次のとおりである。すなわち、

原上告判決は、上告代理人が上告理由書提出期間経過後に提出した上告理由補充書記載の論旨に対して、期間経過後の提出にかかるの故を以て「判断する要はない」として判断を与えなかつた。しかしながら、

(一)  右補充書は原上告裁判所において受理されているのであるから、これに記載された論旨に対しては総て判断を与うべきものであつて、これを怠つた原上告判決には再審事由に該当する判断遺脱がある。

(二)  仮りに然らずとするも、右補充書中の擬律の違法に関する論旨については民訴第四〇五条に従い職権を以て調査すべきものであるから、これに対しては実質的に判断を与うべきに拘らず、これを怠つた原上告判決には再審事由該当の判断遺脱がある。

(三)  仮りに然らずとするも、右補充書記載の論旨のうち第一、二点及び第四点乃至第七点は第二審判決が判決に影響を及ぼすべき重要なる事項につき判断を遺脱したことを主張しているのであるから、右事由は再審事由に該当する結果これを上告理由となし得べく、この場合には上告理由書提出期間の制約を受けないことはすでに判例(昭和九年九月一日大審院判決、判例集一三巻一七六八頁)の示すとおりであつて、原上告裁判所はこれを適法な上告理由として実質的判断を与うべきに拘らず、これを怠つたのは上告判決として判決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断を遺脱したものといわねばならない。

というにある。

これに対し、再審被告代理人は右主張を争う旨答弁した。

立証として、双方代理人は本案記録を援用し、再審原告代理人において右記録中の上告判決書(甲第一号証)、上告理由補充書(甲第二号証)、第二審判決書(甲第三号証)及び郵便送達報告書(甲第四号証)を、再審被告代理人において同じく答弁書(乙第二号証)を特に斟酌ありたいと述べ、再審被告代理人は別に乙第一号証(強制執行停止決定正本)を提出し、双方代理人において互に甲乙各号証の成立を認めた。

理由

原上告裁判所が本件本案事件につき「上告人等代理人保津寛は昭和三〇年八月九日上告理由補充書を提出しているが、右は上告理由書提出期間経過後の提出に係るから、当裁判所はその判断をする要はない。」と判決したことは、成立に争のない甲第一号証によつて明白である。

第一、再審原告代理人は、その再審事由(一)において、上告理由書提出期間経過後の提出にかかる上告理由補充書といえども、それが上告裁判所に受理された以上は、そこに記載された論旨に対してはすべてその判断を示すべきものであると主張し、右書面が昭和三〇年八月九日原上告裁判所に提出されたことは成立に争のない甲第四号証によつてこれを認められるけれども、本案記録中の請書(第六八九丁)及び上告受理通知書写(第七六三丁)を総合すれば、上告受理通知書が上告代理人片山通夫に交付されたのは、これよりさきたる同年五月六日であることが明かであり(五月六日受領したのを誤つて四月二八日付請書に記入したものと解する)、右上告理由補充書について特段の受理の措置がとられたと目すべきものがないのみならず(右書面が被上告人に送達されたことは甲第四号証によつて明かであるが、これを以て受理と解することはできない)、上告理由書提出期間経過後に提出された上告理由の主張は、それが再審事由に該当し且つ後に第三において説示する期間内に提出されたものでない限り、すべて不適法であつて、上告裁判所はその判断をなす義務を負わないものであるから、そのすべての事項について判断を与うべき義務ありとする主張はこれを採用することができない。

第二、次に、再審原告代理人は、再審事由(二)において、右上告理由補充書記載の論旨中職権調査事項に該当する擬律違法に関するものに対しては、裁判所職権を以て調査の上判決書においてその判断を示すべきものであると主張する。しかして、その判断の如何により判決に影響を及ぼすべき事項は、職権調査事項であると否とを問はず、当事者においてこれを適法に主張する限り、これに対する判断を示さなかつたときは、民訴第四二〇条第一項第九号該当の再審事由があるということができるけれども、上告理由書提出期間経過後に主張されたものに対しては、それが再審事由に該当し且つ後記第三において説示する期間内に提出された場合を除き、上告裁判所がなんらの判断を与えなかつたとしても、これを以て再審の事由とすることができないのである(昭和七年五月二〇日大審院判決、評論二一巻民訴四九一頁参照)。加うるに、原上告裁判所が右職権調査を怠つたことは、本案記録を精査してもこれを認めることができないのみならず、原上告判決は右調査の結果原判決に影響を及ぼすべき違法あることを発見しないとの趣旨に出たものであることはその判文上明白であつて、この点において原上告判決に再審事由該当の判断遺脱があるということはできない。

第三、最後に、再審原告代理人は、その再審事由(三)において、本件上告理由補充書中には第二審判決に影響を及ぼすべき重要事項につき判断を遺脱したことを主張しており、右は再審事由に該当し、この主張は上告理由書提出期間経過後においてもなし得るものであると主張する。しかして、本件本案第二審口頭弁論終結の日が昭和三〇年三月七日であることはその口頭弁論調書によつて明かであつて、最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律による上告理由の制限がなくなつているのであるから、第二審判決につき再審事由の存するときはこれを以て上告理由となし得るものと解すべきことは所論のとおりであり、また本件上告理由補充書記載の上告理由中、その第二点(1) (3) 、第四点、第五点及び第六点は第二審判決が判決に影響を及ぼすべき重要事項につき判断を遺脱したとの主張を含んでいると解し得られないこともないのであつて、右は再審事由を上告理由として主張したものと解せられるから、その限りにおいて適法な上告理由に該当するものとせざるを得ない。

ところで、民訴第四二四条第一項によれば「再審ノ訴ハ当事者カ判決確定後再審ノ事由ヲ知リタル日ヨリ三十日内ニ之ヲ提起スルコトヲ要ス」と規定しており、ここに判決確定後三〇日内というのは、もともと再審の訴は確定判決に対する不服申立方法であつて、判決確定前にはたとえ再審事由の存在を知つていても再審の訴の提起が許されないから、右の場合には判決確定後三〇日内は再審の訴を許すものとしたのであつて、結局右条項は、再審事由はこれを主張し得べきときから三〇日内に主張すべき旨制限した趣旨であると解せられる。しからば、これを上告理由として主張する場合においても本来右と同じ制限を伴うものというべきところ、一方において、上告は未確定判決に対するものであるから判決確定後という制限に服しない結果、再審事由の覚知のみが問題となると共に、他方において、民訴第三九八条民事上告事件等訴訟手続規則第七条(現行民事訴訟規則第五〇条)等との関係上、一般の上告理由と一列に上告受理通知書の送達後五〇日内までその期間が延長されるものと解するを相当とする。その結果、当事者が第二審判決確定前にその判決に再審事由の存することを知つていたとしても、右三〇日の期間に拘らず上告受理通知書の送達後五〇日内はこれを上告理由として主張し得べく、右五〇日の期間経過後においては再審事由の存在を知つた日から三〇日内にこれを主張しなければならないものというべきである。もしそうでないとすれば、無限に想定される理由なき再審事由の屡次にわたる主張によつて、上告審はみずから新たに判断遺脱の再審事由を産む恐れを生じ、永くその審判の範囲を確定し得ざるべく、かくては訴訟が公正迅速に行われるように解釈運用すべき民事訴訟法普遍の原理(民事訴訟法の継続審理に関する規則第一条、民事訴訟規則第一条参照)にも反し、私権保護の職責を全うするを得ないであろう。以上の見解は再審原告代理人引用の前掲大審院判例に抵触するものでないから、本件を民訴第四〇六条の二、民事訴訟規則第五八条によつて最高裁判所に移送すべき限りではない。

飜つて、本件本案記録について検討すると、本件第二審判決が言渡されたのは昭和三〇年四月二七日、その判決正本が上告代理人に送達されたのは同年五月二三日、上告受理通知書が上告代理人に交付されたのはこれよりさきの同年五月六日上告理由書が提出されたのは同年六月二四日であつて、判断遺脱の覚知を妨げる特別事情の存在についての主張立証のない本件においては、再審原告主張の第二審判決における判断遺脱の事実は、少くとも右判決正本送達の時に上告代理人においてこれを覚知したものといわねばならない(昭和一七年四月二一日大審院判決、判例集二一巻八号及び昭和二八年四月三〇日最高裁判決、判例集七巻四八〇頁参照)。そうして、本件上告理由補充書が原上告裁判所に提出されたのが昭和三〇年八月九日であることは本案記録中の甲第二号証の受付印に徴し明白であつて、右は前記判決正本受領の日より三〇日、上告受理通知書受領の日より五〇日の各期間を遥かに経過していることが明かであるから、右上告理由補充書による上告理由の主張は、たとえ判断遺脱という再審事由に該当するものであるとしても、これを不適法というべく、原上告裁判所がこれに対して実質的判断をなすべき訴訟法上の義務がないのであるから、これに対し「判断をする要がない」として実質的判断を与えなかつたことを以て、原上告審が判断遺脱の違法を犯したものということができない。

以上のように、本件再審の訴はいずれもその理由がないから、これを却下し、訴訟費用につき民訴第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判長判事 井関照夫 判事 畠山成伸 判事 坂口公男)

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